白球の約束
2015年 4月 28日(火曜日) 14:53

野球をやった者なら、あるいは野球が大好きな者なら、誰もがなってみたいと一度は考える仕事。それは高校野球の監督。私自身は、これから先そうなる可能性は低いが、もし私が高校野球の監督をするならどのようにするだろうか? そう考えながら、この本を読み進めました。

話の内容は、元プロ野球選手が高校教師の資格を所得して高校野球の監督になっていくという話。実際に甲子園に出場した監督から、なって数年でまだまだチームが形にもなっていなくて、甲子園など到底狙えないという高校まで、様々な監督の苦労話を綴ったものだ。

なぜ、高校野球の監督になりたいのか? それは、甲子園という明確な大きなゴールがあるために、監督と生徒との結束が強くなり、それぞれの高校でドラマが起こること。

高校野球は勝ち負けがはっきりとでる。それによって成功と失敗の結果がはっきりと出る。いじめをなくすために優劣をつけない教育が叫ばれる中で、その反対を行く高校野球。それも人気の理由なのかもしれない。また、高校野球は全国で1校、全国優勝チーム以外、皆最後は負けて終わる。それをどう捉えるかで、その3年間の価値が決まるのでしょう。指導者は負けて選手たちを褒めるのもよし、叱咤激励するのもよし、そこにもドラマが生まれる。選手たちにしても、各自で捉え方が変わる。詳しさをバネに大学、社会人、プロでプレーしようとする者、諦めて違う世界へ進む者。それで彼らの人生は大きく変わる。

こんなドラマが生まれる高校野球。だから、投手の肩を守るために、選手の将来を考えルール変更、日程変更が必要としても、なかなか変わらない。その点は理解できる。だからと言って、将来有望な投手の肩を酷使して選手寿命を縮めてしまっていいのか? あるいは、様々なドラマを終わらせても、選手たちの将来を考えてルール変更していくべきか? 改めて考えさせらました。本の内容とは、ちょっとずれましたが、これがこの本を読み終えて私が考えたことです。(著書紹介)

長谷川滋利