イチローが3000本安打を達成できた「とてもシンプルな理由」
2016年 8月 15日(月曜日) 09:26

全米も祝福ム

日本では連日、大記録へのカウントダウンが行われていましたが、アメリカでもイチロー選手の記録への注目度は高かったです。 まず話を、イチロー選手が日米通算ヒット数を4256本、4257本として、ピート・ローズさんの持つ「通算ヒット数4256本」の記録を抜いた615 日のパドレス戦から始めましょう。1打席目はボテボテの内野安打、5打席目にライトへのダブル。どちらもイチローらしい、狙うというより反応した感じの ヒットでしたね。

これで達成した新記録に対して、現地の報道はどのような感じだったかというと、意外と、というとイチロー選手に失礼かもしれませんが、けっこう大きく扱わ れたのです。というのも、今までの記録、例えば日米通算2000得点なんていうのが昨シーズンにはありましたが、あれは簡単なセレモニーがあったくらい で、言葉は悪いですが「騒いでいるのは日本人だけ」という類いのものでした。

 

ところが、今回の記録は全米のニュースになりましたし、翌日のエンゼルスのホームでは、試合前に「こんな記録が生まれました」という映像が球場に流されるなど注目度は高かったのです。

ただ、伝え方としては「イチローが世界一のバットマンになった!」というよりも「イチローの通算安打が世界一になりました」という淡々としたものでした。

というのは日本でもかなり報道されていると思いますが、4256本の記録を持っているピート・ローズさんが「日本の記録を足すのは違和感がある」「価値が違うだろう」などなど、メディアを賑わせているからです。

これについてはこちらでも賛否両論ありますが、野球をよく知っているファンからは「日本にはダルビッシュやタナカ、マエダ級のピッチャーがいるんだから、そこで打ってきたのは評価できるのでは」という声も少なくないですね。

また、ピート・ローズさんは、みなさんも薄々、気付いているかもしれませんが、多少、クセのある人ですから、万人に愛されているというキャラクターではないんです。

それに対してイチロー選手は彼について何か言うわけでもなく「周囲の人、チームメイトや関係者が喜んでくれたなら僕も嬉しい」といったコメントを出してい ました。両者のコメントを比べても世論はどちらにつくかといえば、明確ですよね。今回の件でイチローはまたスーパースターとしての地位を高めたと言ってい いかもしれません。


3000本を成できたシンプルな理由

続いてメジャー通算3000本安打についてですが、こちらは賛否などなく、すべてのファンが祝福してくれるでしょう。

よくイチロー選手について「世界最高峰のメジャーでなぜあんなにヒットを量産できるのか」といった質問を受けますが、それについて答えると「イチロー選手のようなバッターは、ヒットならOKだから」ですね。

メジャーには「3,000 Hit Club」というのがあります。文字通り3000本安打を達成した選手が名を連ねる、日本でいう「名球会」のようなものです。イチロー選手は30人目の会 員となるでしょうが、ここにいる選手の多くは、「ホームランを捨ててヒットに徹した職人」と言い換えることができます。イチロー選手はそれの代表格でしょ う。

もちろん、これは彼らのことを過小評価しているわけではありません。僕が現役時代、対戦した3,000 Hit Clubの選手は例えば、デレク・ジーター(3465本)、トニー・グウィン(3141本)、リッキー・ヘンダーソン(3055本)、あたりでしょうか。

はっきり言って僕なんかとは選手としての格が違います。だからこそ、ある意味ではマークしない。正直な心情としては「さっさとシングル(ヒット)打たれた ほうがラクやな」というものですね。得点圏にランナーさえいなければ、ホームランにはしにくい外の真っ直ぐを投げておいて、ちょこんと当ててシングルヒッ トをもらう、が理想です。それでも彼らだって3回に2回はアウトになるわけですから。

一生懸命対策練って、ピッチングの組み立てして、コーナーの臭いところついて……とやってアウトにできればいいですけど、7球投げてwalk(四球)にしてしまうのは精神的にしんどいし、初球でシングル打たれるのと状況はまったく一緒ですから。

日本の野球では「三者凡退だと流れを作れる」なんていう考え方もありますが、根拠は特にないですし、アメリカは「結果、点やらなきゃええで」と選手 もファンも合理的な考え方をします。むしろ巧打者にはさっさと打たれて後続をきっちり抑える、そういうピッチャーは「頭いいヤツやな」と評価が高まったり することすらありますね。

イチロー選手に話を戻しますが、彼は日本だと3番も打ってましたし、打点も稼がないといけないし、長打も求められていた。オリックス時代の9シーズンで本 塁打は118本打ってましたが、メジャー15年間の通算本塁打はそれ以下です。ヒットに徹する姿勢と、メジャーの合理的な野球が合致したことで、ヒットを 量産できたのだ、と言えるでしょう。

もちろんこれは、イチロー選手のずば抜けた技術とセンスありきの話です。「確実に打てる球が来るまでカットできる」なんて言って実行したバッターを 僕は彼の他に知りませんが、記録にはそんな背景もあることを知っておくとイチロー選手の打席がより深く楽しめるかもしれません。


引退はまで走れなくなったら」?

前にイチロー選手に「いつ引退すんの?」と聞いたことあります。力士は「マゲを結えなくなったら……」という目安がありますが、イチロー選手は半分冗談でしょうが「1塁まで走れんようになったらやめる」とか言っていましたね。

また、あれはシアトル(マリナーズ)時代でしたかね、「うまくできてますよねぇ」と急に言い出したこともありました。それこそ、この前のパドレス戦 みたいな打球を内野に打ったあとのことです。「1塁にボテボテの内野ゴロ打って、一生懸命走るとちょうどセーフかアウトかギリギリですもんねぇ」と変なと ころに感心してました。常に自分の尺度で野球を楽しんで、魅力を見出しているんだと思います。

この先、イチロー選手がどこまで記録を伸ばすのか、それは分かりません。きっと本人も分からないんじゃないですかね。本人は昔から「数字と戦っても しょうがないんです。対戦相手はミスしてくれるけど、数字はミスしませんからね。絶対に勝てないので、意識しても意味がない」というのを口グセのように 言っていました。あるいは自分に言い聞かせていたのかもしれない。

これまでと同じように一本一本、積み重ねて、気付けば我々をまた熱狂させてくれる記録を見せてくれると信じています。(MLB2016

<現代ビジネスから>

長谷川滋利(編集・竹田聡一郎)